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知足利他

世の中には普遍的な原理原則があるのだろう。

 

足りない足りないと思えば思うほど、欲しいものは手に入らない。どんどん逃げていく。これは皮肉なものです。

 

そもそも、私たちは自分の望むものを自分で手に入れているわけではない。むしろ逆なのだろう。

 

富を得る

名声を得る

 

自分で稼いでいる、自分で〇〇していると思いたいところだか、全ては他人に与えられるものなのだ。

 

お金を稼ぐのは、お客様がお金を支払ってくれるから。

給与が上がるのは、売上成績をお客様が上げてくれるから。上司が上のポジションに引き上げてくれるから。

名声を得るのは、他人が評価してくれるから。

 

他人に与えられることを通じて自分の求めるものが手に入るのだろう。

 

では、他人はなぜ与えるのか?どういう時に喜んでお金を支払い、褒め、対価を与えるのか?

 

それは、自分が嬉しかった喜ばしかった時。困りごとを解決してくれた時。

とどのつまり、自分が何かを与え、他人の役に立てたときなのだろう。

(与えるというのは物に限らない)

 

足りない、足りない。というふうに自分が求めることばかり考えているようでは何も手に入らないのだ。

 

ここは絶対に契約を取りたい!

必ずこの人に良い印象を与えて仲良くしたい!

 

そのように張り切るときに限って失敗が多い気がするのはこのためだろう。

自分が、自分が。という考え方なのだ。

 

では、どうすれば他人に与える人生を送ることができるのだろうか?

 

それは、自分が満たされている事が条件だ。

 

自分が足りない、満たされてない。と感じているうちは他人のことまで頭が回らない。つい自分のことを考えてしまう。

 

自分が満たされてはじめて他人に与えることができるのだ。

 

では自分が満たされるためにはどうすれば?

 

東洋哲学に「足るを知る」という考え方がある。

 

自分は満たされている!

自分は足りている!

 

と感じることだ。

 

周りを見渡せば、当たり前だと思うようなことも大変ありがたいとこなのだ。

 

いま自分の周りの当たり前のことに感謝する。

 

お客様、家族、恋人、友人ほかほか、本当にありがたいことばかりではないだろうか!

 

何気ない日常、毎日生きている。これで足りているのだ。

 

足るを知る

 

自分は足りている。満たされている。という考えてをベースに他人に与える人生を送る。

 

世の中には、足りない!足りない!もっともっと!と考えている人が大半だ。

 

自分が足りている分、他人の足りないと感じている部分に力を貸せばいいのだ。

 

そうすれば、他人が勝手に自分の求めるものを与えてくれる。

 

自分が欲しいと思うものを人に与えなさい。

 

この誰でも聞いたことのある黄金律はこういう事を言っているのではないだろうか?

 

足るを知るという考え方と他人に与える行い。

 

知足利他の考え方に大きく胸震わされました。